2020年3月1日日曜日

春なのに。

ウィルスも勿論ですが
花粉に苦しめられている私には
マスクもティッシュペーパーも必需品


そして我が家のトイレットペーパーも残り僅か

もうじき買わなきゃなと思っていた矢先の
まさかのオイルショック的現象


兎にも角にも
本当に必要な人が必要な分だけ・・
が出来ないのね



ごく一部の方達かと思いますが(そうであってほしい)
この情報社会にかき乱され
振り回され過ぎじゃないでしょうか


何をどこまで信じるべきか
何をどこまで実行するべきか


最終的な判断は自分でしなければ
命も守れない国なんて
なんとも悲しすぎるし恐ろしい




桜の花を待ちわびる春が 恋しい日々。











2020年1月1日水曜日

新年

明けましておめでとうございます








昨年は春のライブを終え
それ以降ステージに立つことなく一年が過ぎ去りました


音楽を何かと両立するほどの心の余裕が全く持てず
試行錯誤の毎日


反省や後悔、
それ以上の喜びも噛み締めながら
見たことのなかった
想像もしなかった生活を日々重ねてきました



今年はようやく自分だけの時間も持てるようになるので
まずは歌もギターもリハビリから・・


また皆様の前で歌えることを想像しながら
今年はまた
気持ち新たに踏み出してゆこうと思います


本年も宜しくお願いいたします!







2020年 元日
フナクボ香織





2019年11月6日水曜日

コラム最終回〜どんな人になって欲しいか〜


朝日新聞 地域コミュニティ紙

我が街かわら版 

コラム『ウタ唄いの母ちゃん』

12足目
〜どんな人になって欲しいか〜

最終回を迎えました。寂しい!

また暫く

普通の母ちゃんに戻ります


1年間、お付き合い頂き有難うございました☆





来春四月、息子が幼稚園に入園すれば、                      

またガラリと日常は変化するだろう。
母ちゃんと息子、揃って新たな生活の幕開けだ。


その際にやりたいことは既に溢れているが、
まずは音楽に対し鈍った感覚を取り戻す作業からだ。
書き溜めた歌詞の整理、
新たな世界観を見出しながらの楽曲作り、
継続断念中のボイストレーニングの再開。
何より、時間を気にせずスタジオに篭り
大音量で思い切り弾き語りたい。


かたや息子は、人生初となる
団体行動の楽しさや厳しさを味わい、
どう受け入れ変化していくのか。

「将来子供がどんな人になって欲しいか?」という質問を
よく耳にしする。
正直、親の願い通り子供が育ってくれたら苦労しないよな、と思ってきた。
しかし、もし今、その質問をされたら
私はどう答えるだろうか。

答えは「この世に生まれてきて良かったと感じられる人間になって欲しい」
ということだ。
それは、ここまでの人生を振り返った時と、重なる思いである。


それが人との出会いなのか、
何か目標を達成できた時なのか、
大好きな音楽を聴いている時なのか、
美味しいものを食べている時なのか、
とにかく、どんな時だっていい。


その幸福感が束の間でも自分を包み込む時、
私はいつも、ああ、生まれてきたのはこんな瞬間のためなのかもしれない、
との思いを噛みしめる。

その感覚をこの先息子が味わえるようになった時、
初めて私が母ちゃんになった意味を
もたらしてくれる気がする。

さあ今日も、息子の大好きな
「線路は続くよどこまでも」を一緒に口ずさみながら、
旅の続きの始まりだ。




子育て一辺倒の生活の中で、貴重なモチベーションとなった今回のコラム執筆。
音楽活動に代わり私の言葉の発信基地となり、『唄う』ということ以前に先ず、
言葉を発したい、伝えたいという思いが自分の根底に、
いつも沸々と湧いていることを再認識させてくれました。
一年間のご愛読ありがとうございました。
いつの日か「ウタ唄い」として皆様にお会い出来ることを
心より願っております。



フナクボ香織

2019年10月2日水曜日

コラム11足目 〜私のピカイチ弁当〜


朝日新聞 地域コミュニティ紙

我が街かわら版 

コラム『ウタ唄いの母ちゃん』
11足め

〜私のピカイチ弁当〜



来春から、
幼稚園に入園する息子の弁当作りが始まる。

面倒だと嘆くお母さん達も多いが、
私は夫と結婚してから八年間、
弁当作りはルーティンになっているので、
そこに関しては、さほど問題と感じていない。
逆に、おかずが弁当箱にピッタリ詰まった光景は、
朝から程よい達成感を感じる。

私のオリジナル曲で、
学生時代の弁当の思い出を綴った
「ピカイチ弁当」というアップテンポな楽曲がある。
それまで、決して明るいとは言い難い作品が殆どを占める中で完成したこの曲。
自分で作っておきながら、
今までの作風をぶち壊してしまうかもしれないという恐怖さえ感じていた。

だが、そんな心配は無駄だった。
恐る恐るライブで歌い出すと、
お客様は揃って笑顔に。
気付けば会場から自然と手拍子が響き、
今ではライブの最後に歌うことも増えている。

曲の出だしの歌詞にも出てくるが、
私の母の作る弁当は常に茶色、
つまり彩りに乏しかった。
カラフルで可愛い友達のお弁当を羨みながら、
父のお下がりである
ステンレスの大きな弁当箱を開ける毎日。
中学時代から食欲旺盛だった私は、
止むを得ず色気より食い気に徹した。
だが自分に家族が出来て、毎日料理を作るようになると、
母の作るおかずの品々は
地味だが味は格別だったことを知る。
人も弁当も見た目じゃ無いのだ!
そんな思いが溢れ、あの曲は生まれたのだった。


ある時、
いつもライブに来て下さる方からメールが届いた。
その方は子供がまだ幼い頃に離婚し、
男手一つで子育てしてきたという。
慣れない家事に奮闘し、毎日弁当も作った。
「ピカイチ弁当」を聴いていると、
そんな日々を懐かしく思い出し
涙が出そうになります、という内容のものだった。
自分の曲が、
誰かの人生をそっと優しく振り返る瞬間をもたらせた、
そう感じるだけでこちらまで鼻がツーンとした。

お弁当には人それぞれ、
何かしらの思い出が詰まっている。
夫にも、そしてこれから息子にも、
母ちゃんの思いを存分に詰め、
弁当を作ろうと思う。

2019年8月22日木曜日

コラム10足め〜私の大好きな先生〜



朝日新聞 地域コミュニティ紙
我が街かわら版 
コラム『ウタ唄いの母ちゃん』
10足め
〜私の大好きな先生〜






子供の成長と共に必然的に関わってくる、学校の先生という存在。
子育を聞いていても、子供と教師との相性は重要らしい。
振り返れば私にも「仰げば尊し〜我が師の恩」と
思わず口ずさみたくなるような先生との出会いが、幾つもあった。



高三で担任だった英語のI先生。
音大への推薦入試に必要な内申点がギリギリだった私に、
英語の成績を奮発し一段階アップしてくれた。
私が校内の合唱コンクールに向け、
クラスのリーダーの一人として熱心に動いていたことが加味されたようだ。
自分の得意分野で必死になれば、
この先も何とか乗り越えて行けると実感した瞬間でもあった。

中三時代の担任は野球大好きなK先生。
当時からプロ野球ファンだった私はいつもその話で盛り上がった。
デビュー後、地元ホールでラジオの公開ライブに出演した際は、
先生の名前で楽屋に花束が届き驚いた。
しかも先生はそのホール近くの中学校で校長となっていた。
客席でその姿を見付け、歌う姿を見せられたことは、実に誇らしく幸せだった。

そして小学五、六年の担任だったN先生。
私が文章を書くことに目覚め、
日本語の面白さを教えてくれたのはこの人だった。
言葉の表現力にも注力し、私は授業参観日に
「走れメロス」のクライマックス部分の朗読に抜擢された。
自宅で普段ろくに勉強もしない自分が、
本番に向け教科書片手に幾度も練習を重ねる姿は、我ながら奇跡的な光景だった。

学校という狭い世界から、比較にならぬほど広いその先の世界を
いかに子どもたちに想像させられるか。
教師にとっては単に教えるという仕事以上に、
豊かな人生経験を持つことが圧倒的に子供達の可能性をも広げるように思う。
近年教師の過重労働がいわれる。
授業の準備時間と共に、先生方には是非、
自身の人生を膨よかにするための自由時間を、確保して欲しいものだ。



2019年7月19日金曜日

明日 ラジオ出演します☆

コラムがきっかけとなり
ラジオにお声を掛けて頂きました
音楽のこと、子育てのことお喋りします

7/20(土)朝7時スタート
TOKYO- FM系 musicbirdコミニュティ 

F M全国ネット「おはようサタデー」



☆FM世田谷のHPからクリックひとつで
全国何処からでも簡単に視聴出来ますので是非お聴き下さい♪


その他の視聴方法>
北海道から石垣島までコミニュティFM
&インターネット・サイマルラジオ
(PC、iPhone等々局のHPから聴けます♪)
※例えば FM世田谷、FMハロー(浜松)、FM佐久平(長野)等々HPから。


パーソナリティ
ひのきしんじ(音楽プロデューサー)
&本間千代子(元女優)

2019年7月14日日曜日

コラム9足め〜実の母娘という距離感〜

朝日新聞 地域コミュニティ紙
我が街かわら版 
コラム『ウタ唄いの母ちゃん』

9足め
〜実の母娘という距離感〜





実の母親と娘の衝突、
という話は昨今珍しくない。

私も友人達から、
それに関した愚痴を幾度も聞いていたが、
先日それが他人事ではなくなった。

母は幼稚園の教諭資格を持っており、
勿論母親としても大先輩であるので、
私の息子に対しての有難い助言は多々ある。

ただ、時代と共に環境も変化し、
子供の為によしとされてきたことが
むしろ逆効果な行為となるケースも増えている。
母からすれば老婆心、
あるいは世間話の延長だったのか知れないが、
会う度に育児等に関する細かい指摘を聞かされると
私のストレスは増殖を続け、
先日数十年ぶりの親子喧嘩となった。

実の子だからと
遠慮なく言い放つ一言一言が
どれほど蓄積し突き刺さるのか、
親達には分からないのかもしれない。
嫁姑関係の方が適度な距離感を保て
むしろ平和ではなかろうか。
「親しき仲にも礼儀あり」は
実の親子では近過ぎ、通用しないのだろうか。

母が孫の誕生を
誰より深く願い待ち望んでいてくれたことは
痛い程分かっている。
今も、ズシリと重くなった息子を
必死に抱き上げる幸せな顔を眺めるだけで、
この子を産んで本当に良かったと思う。
この騒動は終止符を打った。
孫を溺愛するが故の助言と割りできるだけ受け流す。
これが一番平和的解決なのだろうと
悟ったからだ。

数十年前、高二の冬。
進学して音楽を基礎から学んでみたら?
という提案を頑なに拒む私に対し母が
「まったく、夢みたいなことばかり言って」
とボヤいた。
私はそのひと言にブチ切れ思わず
「お前に何が判るんだよ!」と言い放った。
その晩、母は初めて私に夕飯を作らなかった。
その代わりに
〝親をお前呼ばわりする人に
食べさせるご飯はありません〟
というメモがテーブルに置かれていた。

結局その一年後、私は音大に進学し夢を繋いだ。
そう、母の日ひと言は
大事な時に色んな形で私に痛烈にヒットする。





フナクボ香織 エレキギターを弾き語るオンナ