2020年8月18日火曜日

体温。

 毎日、体温以上の気温の中で生きることが

当たり前になってしまったこの国の夏。



それでも、もし子供がいなければ

この状況でも日中エアコンは付けていないかっただろうと思う。


熱中症で亡くなる方の大半が部屋でエアコンを付けていなかったことが死因と知り

最近は躊躇わず付けるようになった。



それでも10年ほど前まで

1人暮らしで電気代に全く余裕のなかった私には

それはとても贅沢過ぎる行為だった。

エアコンのリモコンが何処に置いてあるのか忘れてしまうくらい

皆無な存在だった。



子供には、せめて自宅に居る時は快適に過ごさせてやりたい。

でも

それが当たり前だとも思って欲しくない。

快適に過ごせている毎日を

幸せなことなんだと感じて欲しい。


もちろん、

3歳の坊主にそんなこと解るわけないけれど・・


いつかそれに気付いてくれたら嬉しいな、と

ちょっと思う母ちゃんなのでした。













2020年6月23日火曜日

自分の時間。


元気にやってます!




パソコンを開けるたび久々になってしまいスミマセン。



息子は今月から幼稚園が始まりました。

予想はしていましたが
予想を超える拒絶反応


教室入り口前で上履きに履き替えるだけで既に泣き叫び大暴れ。
他にもそんな子、、ウチの子だけじゃん!

朝から1人砂まみれとなり先生に強引に担がれ教室へ消えていった・・


待ち望んでいた筈のひと時なのに全く何も手に付かぬ毎日。


と思っていたら
通園して四日後の朝、

急に「幼稚園、頑張って行く!」
とスタコラ歩き出したのでした。

一体どんなスイッチが入ったのだろうか。


何はともあれ予想外に早い切り返しに
親は戸惑うほどで。

こんな風にみるみる
自分の手元から遠くへ歩き出すのだろうか。




とりあえず
その小さい背中に向かって

がんばれがんばれ!










2020年4月21日火曜日

今日の行方。


明日は我が身。


行きつけのスーパーや近所の病院から感染者が出てきた

気を抜いているわけではないけれど
コロナは完全に隣り合わせの日々に。


知らぬ間に間接的に

自分の親の命を奪うなんてことも あり得ない話ではなくなってきた


だから暫くは実家へ孫の顔を見せに行くことも出来ない


‘普通が何より尊い’


今までもそう捉えてきたはずだけど
ここに来て思い知らされる

でもまた普通を取り戻した時
私達は果たしてこの感覚を失わずに
生きていけるのだろうか


忘れるって機能は
便利でもあり残酷でもある


2020年3月1日日曜日

春なのに。

ウィルスも勿論ですが
花粉に苦しめられている私には
マスクもティッシュペーパーも必需品


そして我が家のトイレットペーパーも残り僅か

もうじき買わなきゃなと思っていた矢先の
まさかのオイルショック的現象


兎にも角にも
本当に必要な人が必要な分だけ・・
が出来ないのね



ごく一部の方達かと思いますが(そうであってほしい)
この情報社会にかき乱され
振り回され過ぎじゃないでしょうか


何をどこまで信じるべきか
何をどこまで実行するべきか


最終的な判断は自分でしなければ
命も守れない国なんて
なんとも悲しすぎるし恐ろしい




桜の花を待ちわびる春が 恋しい日々。











2020年1月1日水曜日

新年

明けましておめでとうございます








昨年は春のライブを終え
それ以降ステージに立つことなく一年が過ぎ去りました


音楽を何かと両立するほどの心の余裕が全く持てず
試行錯誤の毎日


反省や後悔、
それ以上の喜びも噛み締めながら
見たことのなかった
想像もしなかった生活を日々重ねてきました



今年はようやく自分だけの時間も持てるようになるので
まずは歌もギターもリハビリから・・


また皆様の前で歌えることを想像しながら
今年はまた
気持ち新たに踏み出してゆこうと思います


本年も宜しくお願いいたします!







2020年 元日
フナクボ香織





2019年11月6日水曜日

コラム最終回〜どんな人になって欲しいか〜


朝日新聞 地域コミュニティ紙

我が街かわら版 

コラム『ウタ唄いの母ちゃん』

12足目
〜どんな人になって欲しいか〜

最終回を迎えました。寂しい!

また暫く

普通の母ちゃんに戻ります


1年間、お付き合い頂き有難うございました☆





来春四月、息子が幼稚園に入園すれば、                      

またガラリと日常は変化するだろう。
母ちゃんと息子、揃って新たな生活の幕開けだ。


その際にやりたいことは既に溢れているが、
まずは音楽に対し鈍った感覚を取り戻す作業からだ。
書き溜めた歌詞の整理、
新たな世界観を見出しながらの楽曲作り、
継続断念中のボイストレーニングの再開。
何より、時間を気にせずスタジオに篭り
大音量で思い切り弾き語りたい。


かたや息子は、人生初となる
団体行動の楽しさや厳しさを味わい、
どう受け入れ変化していくのか。

「将来子供がどんな人になって欲しいか?」という質問を
よく耳にしする。
正直、親の願い通り子供が育ってくれたら苦労しないよな、と思ってきた。
しかし、もし今、その質問をされたら
私はどう答えるだろうか。

答えは「この世に生まれてきて良かったと感じられる人間になって欲しい」
ということだ。
それは、ここまでの人生を振り返った時と、重なる思いである。


それが人との出会いなのか、
何か目標を達成できた時なのか、
大好きな音楽を聴いている時なのか、
美味しいものを食べている時なのか、
とにかく、どんな時だっていい。


その幸福感が束の間でも自分を包み込む時、
私はいつも、ああ、生まれてきたのはこんな瞬間のためなのかもしれない、
との思いを噛みしめる。

その感覚をこの先息子が味わえるようになった時、
初めて私が母ちゃんになった意味を
もたらしてくれる気がする。

さあ今日も、息子の大好きな
「線路は続くよどこまでも」を一緒に口ずさみながら、
旅の続きの始まりだ。




子育て一辺倒の生活の中で、貴重なモチベーションとなった今回のコラム執筆。
音楽活動に代わり私の言葉の発信基地となり、『唄う』ということ以前に先ず、
言葉を発したい、伝えたいという思いが自分の根底に、
いつも沸々と湧いていることを再認識させてくれました。
一年間のご愛読ありがとうございました。
いつの日か「ウタ唄い」として皆様にお会い出来ることを
心より願っております。



フナクボ香織

2019年10月2日水曜日

コラム11足目 〜私のピカイチ弁当〜


朝日新聞 地域コミュニティ紙

我が街かわら版 

コラム『ウタ唄いの母ちゃん』
11足め

〜私のピカイチ弁当〜



来春から、
幼稚園に入園する息子の弁当作りが始まる。

面倒だと嘆くお母さん達も多いが、
私は夫と結婚してから八年間、
弁当作りはルーティンになっているので、
そこに関しては、さほど問題と感じていない。
逆に、おかずが弁当箱にピッタリ詰まった光景は、
朝から程よい達成感を感じる。

私のオリジナル曲で、
学生時代の弁当の思い出を綴った
「ピカイチ弁当」というアップテンポな楽曲がある。
それまで、決して明るいとは言い難い作品が殆どを占める中で完成したこの曲。
自分で作っておきながら、
今までの作風をぶち壊してしまうかもしれないという恐怖さえ感じていた。

だが、そんな心配は無駄だった。
恐る恐るライブで歌い出すと、
お客様は揃って笑顔に。
気付けば会場から自然と手拍子が響き、
今ではライブの最後に歌うことも増えている。

曲の出だしの歌詞にも出てくるが、
私の母の作る弁当は常に茶色、
つまり彩りに乏しかった。
カラフルで可愛い友達のお弁当を羨みながら、
父のお下がりである
ステンレスの大きな弁当箱を開ける毎日。
中学時代から食欲旺盛だった私は、
止むを得ず色気より食い気に徹した。
だが自分に家族が出来て、毎日料理を作るようになると、
母の作るおかずの品々は
地味だが味は格別だったことを知る。
人も弁当も見た目じゃ無いのだ!
そんな思いが溢れ、あの曲は生まれたのだった。


ある時、
いつもライブに来て下さる方からメールが届いた。
その方は子供がまだ幼い頃に離婚し、
男手一つで子育てしてきたという。
慣れない家事に奮闘し、毎日弁当も作った。
「ピカイチ弁当」を聴いていると、
そんな日々を懐かしく思い出し
涙が出そうになります、という内容のものだった。
自分の曲が、
誰かの人生をそっと優しく振り返る瞬間をもたらせた、
そう感じるだけでこちらまで鼻がツーンとした。

お弁当には人それぞれ、
何かしらの思い出が詰まっている。
夫にも、そしてこれから息子にも、
母ちゃんの思いを存分に詰め、
弁当を作ろうと思う。

フナクボ香織 エレキギターを弾き語るオンナ